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京阪奈の地元民ならではの奈良と京都南部の隠れたスポット・おすすめ情報をご紹介していきます。

復活の呪文 ビワコソスイ

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東京遷都で衰退しかけた京都を救ったのは琵琶湖から人工水路を通してやってきた水です。

 

琵琶湖疎水

日本を代表する大観光スポット京都。華々しい観光産業に加え、任天堂村田製作所や京セラといった大企業の本社もあります。そんな、いまでこそ県民総生産約2兆円と県別順位でも上位13に入る経済力のある京都ですが、かつては没落の危機にありました。東京遷都後、明治天皇に追従するように京都にいた有カ政治家・実力者たちも次々と東京に移り住み、その影響で人口も減少、産業も衰退とお先真っ暗な状況でした。そんななか、琵琶湖から京都まで人口の水路(=疏水)を作り、人も物資も流通させ、発電所で電気を作ることによって、なんとか京都を活性化させようとしたのがこの琵琶湖疏水です。

水は大事な資源です。勝手に持って行かれてはかなわないと当時の滋賀県知事は建設に反対したそうですが、京都の活性化・近代化のみならず、日本全体の繁栄にもつながる一大事業として政府も後押し、結局、当時のお金で総工費115万円(当時の内務省年間予算額が100万円前後)と巨額の予算を組んで工事は行われたといいます。

 

ミニローマ水道

有名な水路閣はドラマのロケでも使われ、南禅寺の境内ということもあって見学する人も多いです。時間があれば、水路閣の上流へどんどん遡って行くことをおすすめします。苔むした細い水路づたいに歩いていくと、日本最初の業務用水力発電所である蹴上発電所水口に到着します。発電所取入口付近は、トンネルやゲート付きの取水口がいくつもあり複雑な水路を形成しています。南禅寺界隈の庭園向け揚水に使われる取水池もあります。文化遺産を守る防火用水というのも琵琶湖疏水の用途のひとつです。

蹴上にあった36mの高低差を、船用ケーブルカーで乗り切ろうとしたインクライン(傾斜鉄道)があります。蹴上発電所の電力を動力源として562mを15分かけてゆっくり移動しました。インクラインの途中に歩行者用のトンネルがあります。強度を高めるためレンガをらせん状に積み上げ「ねじりまんぼ」と呼ばれています。

 

レトロ男前なポンプ室

さらに奥へ行くと緑色の水を満々と湛えた蹴上船溜りがあり、水辺にはとても堂々として素敵な近代建築がぽつんと佇んでいます。元九条山浄水場ポンプ室です。その横には幅4.5mのトンネルが見え、それは長さ850mの第3トンネル西口です。かつて、このトンネルの中を三十石船(船幅1.8m)が触先にカンテラを付け、真っ暗間の中を旅客船と貨物船合わせて1日平均100隻以上が行き来したとのことです。もっとも長い第1トンネル(長等山)は2436m。けっこうスリリングな船旅だったと思います。
また、幕末から明治の公卿であり政治家でもある三条実美筆による洞門石額「河山哉美」(「うるわしきかな、さんが」と読む)が掲げられてあり、琵琶湖疏水の各トンネルには、他にも伊藤博文山県有朋井上馨と錚錚たる顔ぶれによる洞門石額が見て取れます。

琵琶湖疎水

元九条山浄水場ポンプ室

 

 

水面が美しい船溜まり

蹴上船溜まりと南禅寺船溜まりは、8m高低差があり、ここは残念ながらウォータースライダーのようにはいかないようで、そのかわりに船ごとケーブルカー(インクライン)に乗せてしまうというやり方を採っていました。電源はもちろん蹴上発電所です。そのインクラインの軌道跡も復元されて残っています。

第1疏水と第2疏水が合流し、蹴上船溜まり先の水槽にたまった水は、2本の水圧鉄管を通って下方にある蹴上発電所(事業用としては日本で最初の水力発電所)に至ります。発電所取口位や水流を調整する洗堰やゲートなどが点在する蹴上発電所へ流れ込まなかった水は、流水分線として、南禅寺境内の水路閣を通って北上します。